観光のライバル

久しぶりの更新となってしまいました,すみません。
先日,某所で講演したときに取り上げた話題について書いてみようと思います。

ポジショニングについて考えよう

マーケティングの基本は,セグメンテーション,ターゲティング,ポジショニングと言われており,これまで色々なデータをもとにセグメンテーションとターゲティングはざっくり行ってきました(まだまだ粗いので,随時見直して行こうとは思っています)。

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そこで,そろそろポジションニングについても考えていかないといけないな,と思っています。設定したターゲットに対して,京都観光を訴求していくうえでのライバルを特定し,どのように差別化していくかということは,非常に重要な問題です。

諸外国とのポジショニング

以下の図は,訪日主要8カ国の今後旅行したい国についての回答結果の関係性を,視覚的にわかりやすいようにコレスポンデンス分析で配置したものです。距離が近いほど,関係性が強いことを意味しています。

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出所)DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行社の意向調査(平成29年版)をもとに作成

たとえば,着地先としての日本は,豪州や中国と近い位置にあることから,海外の旅行者にとってこの3カ国は同程度の位置付けとなっていると考えられます。

したがって,訪日観光は,豪州や中国と差別化することが重要ということになります(調査対象に東南アジアの観光地が含まれていないことには注意)。豪州とは文化面で大きな違いがあるので良いとして,日本と中国の違いははっきりと打ち出していかなければなりません

ちなみに,着地先としての日本は,発地としての中国,台湾,香港と距離が近くなっているので,やはり中華圏の訪問意向が強いということも分かります。

国内他都市とのポジショニング

中華圏や韓国などの近隣市場からしてみると,日本国内の観光地同士も比較対象となるため,京都としては国内他都市との差別化も進めていかなければなりません。

下図によると,京都は東京に次ぐ,大阪,富士山,北海道あたりのグループに属しており,これらの都市や地名が海外の旅行者にとって同じくらいの位置付けとなっていることが分かります。マーケティング戦略では,チャレンジャー戦略といって上位との差別化を徹底的に行うことが有効といわれるポジションです。

ちなみに,さらに市場シェアを獲得する圧倒的な知名度を持つことになった場合は,リーダー戦略(チャレンジャーの真似をしまくることで新しい芽を摘みまくること)が有効と言われています。ただし,シェアの7割,少なくとも5割くらいは支配しないと有効に機能しない戦略なので,観光地の競合上位都市はみんなチャレンジャーだと考えるべきでしょう。

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出所)DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行社の意向調査(平成29年版)をもとに作成

本当のライバル

ただ,今回僕が主張したいのは,こんな風にデータにしなくても分かりきったようなことではありません。世界の観光地ランキングでも上位に名を連ね,日本国内の観光市場を牽引する「京都」という観光地を成長させていくためには,他の観光地とのパイの奪い合いではなく,もっと大きなスケールで考えましょうということです。

下図は,日本人の趣味行動率の推移ですが,旅行が年々減少していることが分かります。テーマパーク等,美術鑑賞など,旅行と似ている近距離の外出行動も減少傾向となっています。そしてこれに取って代わるように,映画やゲームといったバーチャルな世界への没入を伴った趣味の行動率が上昇しています。

出所)社会生活基本調査

 

明らかに,日本人の余暇の過ごし方がリアルからバーチャルへシフトしているのです。

この先,攻殻機動隊の世界のように身体にプラグを指して脳と直接データをやり取りできるような未来が,僕たちが生きている間には訪れる,と僕は思っています。

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パプリカの世界のように,他人の夢を映像化したり他人の夢に潜り込むことだってできるようになるかもしれません。だってすでに,他人が作ったゲームの世界にのめり込むということを人類は経験しているんですから。

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自由にフィールドを移動できるオープンワールド系のゲームが流行り始めていることや,VRやARなどの映像技術が普及してきたことも,旅行のバーチャル化現象の象徴です。

ディスプレイの中の世界に手軽に旅行できるようになったいま,非日常を楽しむという程度の理由では旅行の動機は成立しなくなり,旅行の本質の範囲を更に絞り込んで考えなければならない段階となっています。

なのに,観光行政の現場ではこの問題を見て見ぬふりをして,観光地の認知度をいかに上げるかというだけの問題に固執・単純化してしまい,減っていくパイを奪い合うことに終始してしまっています。どんなに強力なプロモーション施策に成功したとしても,他地域への旅行需要を奪っただけでは,長期的には観光産業のためになるとは言えません。旅行・観光市場を牽引するような立場にある主体が,この問題に真正面から取り組まないで,一体誰が取り組むというのでしょうか。

本当にライバル?

「じゃあ,人間は最終的にみんなバーチャルの世界に閉じこもってしまって,リアルの世界の観光は無くなるの?」という疑問が,当然湧いてきますが,僕はそうとは限らないと思っています。

なぜなら,京都という街を観光地たらしめている神社仏閣の建築景観は,過去の人々が抱いてきた夢や理想を具現化したものであり,これを教義や絵画,彫刻などの媒体を通して遠くにいる人々に伝えることで,彼らに「京都に行ってみたい」という気持ちにさせてきたことと,いまリアルとバーチャルの間で起こっていることは,問題の構造としては同じだからです。

もし,いま起こっている問題が人類にとって初めての現象なのだとしたら,人類はとっくの昔に旅行するという行為を止めてしまっていたはずです。でも実際そうはなっていないのだから,バーチャルへのシフトが起こっても旅行という行為が無くなるわけではないはずなのです。

夢や理想の具現化はバーチャルで無ければならなくなるわけではないし(リアルよりもバーチャルのほうがコストは安くなるとは思いますが),リアルで体験することとバーチャルで体験することのギャップが無くなるということもないでしょう。あえてコストをかけて移動することに意味づけをする旅行者もいるでしょうし,デジタルの世界から隔離された秘密の空間を残すような動きも出てくるかもしれません。

大事なのは,ゲーム等のバーチャル旅行体験を外部経済(ライバル)とみなさず,同じ産業として取り込んでしまい,バーチャル観光でも収益を生み出していくことを受け入れて,体験価値をデザインできるかどうかということです。その土地や文化に対してお金を落とすタイミングがリアルであるかバーチャルであるかどうかは,大した問題ではないのです。

バーチャルの段階からお金を落としてもらう仕掛として,映画やアニメのロケ地観光はその走りだったりするわけですが,京都を舞台にしたゲームを作って売ったり,僧侶の集合知人工知能に学習させてWEB上でありがたい説法を聞くことができる有料サービスを展開することも,その土地のアイデンティティを感じる機会を提供するという意味で,観光の守備範囲として考えればいいんです。

余談

なので,観光地案内のチャットボット開発や,ホームページのUXデザイン改修を,公費を投入してでも強力に推進することが,地域の競争力を維持していくためには不可欠だと思っているんですが,なかなか糸口が見つかりません。

そんなことは民間でやればいいって言うけど,技術力や志のある民間企業を振り向かせるためには,行政としてそれなりのポーズを取らないといけないと思うんですけどね。ということで,最後まで読んでいただいたみなさん,こういうことに関心のありそうな方がいたらぜひご紹介ください。