「分かりやすさ」と「正しさ」のジレンマ

今の仕事に変わって約1年、ようやくR(統計ソフト)を使った作業を進められる段階にまでたどり着きました。予算編成やら情報発信やらは、それはそれで楽しいんですけど、久しぶりに本業に戻ってきた感じがします。来月には、小さい学会で発表する機会も貰えることになりそうです(月末締め切りのペーパー、まだ一文字も書けてないけど笑)なので、最近仕事のウェイトが重くなっていて、ブログ記事の更新が一ヶ月振りとなってしまいました笑

で、統計個票の集計分析を進めているんですが、たとえば満足度の高い人の特徴を知りたい場合、マーケティングの専門家としては多変量解析を行うわけですよ。

(満足度)= α ✕(訪問経験)+ β ✕(滞在日数)+ γ ✕(消費額)

みたいな式をつくって、どの要素が影響力が強いかを評価して、そこを重点的に見直していきましょう、みたいな話をするイメージ。

でも、地方自治体とか観光協会の職員のなかに統計解析の知識のある人なんて、ガチャゲーのウルトラレアくらいの出現確率なわけで、せっかくモデル推定したところでなかなか理解してもらえず、説明にかかる労力が莫大になってしまうんです。

なので、訪問経験別の満足度クロス集計をして、経験の多い人のほうが満足度が高い、みたいな分析になる。でも、下表のような結果からだけで、そういう結論は出したらダメなんです。なぜなら、リピーターは滞在日数や消費額が多い傾向があるかもしれず、満足度を上げている要因がむしろそちら側にあるかもしれないことを読み取れないから。

  満足度 小 満足度 中 満足度 大
ビギナー 30 30 40
リピーター 10 30 60

そうすると、ありとあらゆるクロス集計の組み合わせを試して、どれが決定的な要因なのかを総合的に検証しなければならなくなります。やろうと思えばできるけど、一度に処理しなければならない情報量が多くなって、脳内メモリが悲鳴をあげそうになる笑

そういうことしないで済むように、同時に複数の要素を評価するのが、まさに多変量解析であって、結局はもとに戻ってくることになるんです。まぁ、先に多変量解析の結果を確かめておいたうえで、意味のあるクロス集計のみを行うのが最短ルートということでしょうか。

誰に伝えたいデータなのか

しかしながら、行政が実施した統計データを分析した結果をプレスリリースするとなると、一般市民にも理解できる内容にする必要があるということになり、専門家からしてみればツッコミどころ満載なクロス集計の寄せ集めが採用されてしまうことになります。

そういうデータが世に広まって、それをもとに市場の実態を踏まえきれずに意思決定が行われてしまって、果たして良いのでしょうか。まぁ、何もデータが無くて決断が出来ずに機会を逃すよりも、外れてもいいから事業活動や合意形成を促すことを狙うのであれば良いのかもしれません。

でも個人的には、ちゃんとデータを理解したうえで事業や施策を強力に展開してくれるような、大企業や外資系、ベンチャー系のマーケターのもとに、しかるべき分析結果が届くことのほうが大事なんじゃないかと思います。

もちろん、それがプレスリリースというカタチである必要があるわけではないので、学会投稿や専門誌への寄稿へつなげるための布石としての、なんちゃって分析から始めるのが落とし所なのかもしれません。みんながデータに関心を持って、統計解析の知識のあるような世の中になるように、地道に頑張ろうと思います。

ジャパンブランド調査の分析

電通が2017年版のジャパンブランド調査の結果を発表しました。
世界20カ国の日本に対するブランド意識についての定点調査で、今年で7年目を迎えます。

https://dentsu-ho.com/articles/5143

オープンデータになっておらず不親切で、十分な分析ができませんが、思ったことを書いておきたいと思います(久しぶりにマーケティング記事。笑)

旅行先の比較方法

もともと旅行に特化した調査ではないのでしょうがないのかもしれませんが、観光地としてのブランドは、国単位で比較すればいいというわけではありません。欧米などの遠距離圏では、アジアの旅行先をざっくりとしか区別できていない人(中国みたいな東洋文化系、タイみたいなリゾート・エスニックな雰囲気系、日本のハイテク)が多いです。一方で、近距離圏のアジア諸国では、都市間での比較となりやすいです。

遠距離圏と近距離圏の線引きをするのは難しいですし、個人によって旅行先の単位は様々です。なので、この手の調査を行う場合は、あえて国も都市も混在させたうえで回答してもらってもいいんじゃないかと思います。意外と、「日本」よりも「東京」のほうが順位が高かったり、国同士では負けても、都市同士なら勝つ、みたいな逆転現象が見えてくるでしょう。また、その国を構成する都市のブランドの構造・バランスも把握することができます(1都市集中なのか、分散型なのか)。

中国人の内陸シフト

沿海部主要都市の旅行者は、ひととおり訪日を経験し、今後は欧米方面の更にリッチな旅へシフトしていくようです。しかし、次は内陸部からの旅行者が日本へやって来るということで、あまりリピーター率が上がらないままボリュームが増えていくと予想されます。(これは前から分かってたことなので、驚きはない)

まだしばらくは、これまでのビギナー旅行者向けの対応が通用するものの、フライト距離が長くなることで日本滞在期間が短くなるなど、意外な影響が現れるかもしれません。また、爆買の再来が囁かれていますが、eコマースの台頭や決裁環境の整備が進んだことで、同じような消費者が来たとしてもこれまでとは異なる行動をとる可能性があります。(ウィンドウショッピング的に旅行して、帰国してから注文しまくるとか)

米国の東西格差は周知の事実

西海岸のほうが親日って、当たり前の結果すぎてコメントすることが無い。。笑

聞き方が間違っている

ブランド調査というからには、
日本でやりたいことを聞くよりも、日本では何ができる場所かを聞いて欲しいし、
○○をするにはどの旅行先がいいか、という聞き方にして、はじめてブランドの競争力が測れるんじゃないかと思う。やはり、発地調査は自分でしっかり設計しないとな、と思いました。

ネガティブブランドも必要

悪いブランドイメージも見て欲しい。労働環境の悪さがダントツワーストなのは自明だとして(誰のせいとはいいませんが・・・)、国レベルで観光地としての穴場感が薄れてきているんじゃないかと思っているので。

マーケティングに対する地域のリテラシー

観光庁は、"世界水準"のDMOを100法人作る、と謳っています。
でも、"世界水準"の定義はしていません。

まぁ、定義しなくても、米国のオーランドやスイスのツェルマットみたいな有名な地域を目指しなさいってことなんだとは思います。しかし残念ながら、そういう凄いDMOのことはおろか、近代的な経営についてのリテラシーが極めて低いのが、組織内部および地方社会の実情です。

DMOのマーケティングは、DMOの自主事業の収益を増やすためというよりも、会員企業の利益に貢献するために行うものなので、会員企業がマーケティング情報に価値を感じてくれないと、ビジネスとして成り立ちません。

地道にデータを出し続ければ、価値を見出してくれる人は集まってくるとは思うし、そういう会社を相手にして新たなネットワークを作っていったほうが、地域経済のためになるんじゃないかと思います。でも、情に流されて一緒に泥舟に乗って沈みたがる人はどんな街にも必ずいるので、合意形成が難しいです。

観光地としての実力を持っている街のDMOであるほど、世界トップレベルの経営を目指して関係者の耳目を集めるような事業を立ち上げていかないと、逆に「名目だけで大したことないな」という印象を与えかねないです。

 

 

マーケティングに関心のある人たちが集まりそうなところに営業かけていくのが近道なのかなぁ。

「おんな城主 直虎」に学ぶDMO経営

みなさん、今年の大河ドラマおんな城主 直虎」見てますか?
去年の「真田丸」は三谷幸喜演出で注目が集まったことに加えて、
女性主人公モノはなかなかヒットしないというジンクスがあるので、
あんまり期待してない方が多いんじゃないかと思います。

ただ、僕的には大当たりです。直虎、おもしろい。
主人公の性別に関わらず、戦国時代であるかどうかがポイントなんでしょう。
それに加えて、井伊家の弱小っぷりが良い。めっちゃ人死ぬ。
信長の野望で里見家プレイするのとかに通ずるものがあります。
なかでも、前々回あたりからテーマになっている徳政令騒動は、
DMOの経営を考えるうえで参考になります。

井伊谷政令騒動

政令といえば、桃太郎電鉄でおなじみの「借金帳消し」令です。
戦乱や飢饉が起こると、百姓は借金をせざるを得なくなり、
これに耐えきれなくなると領主に対して徳政令の発布を求めます。

f:id:horiet0322:20170625215537j:plain

↑百姓役で登場したTKOの二人

政令を発布しても、債権者である商人が黙って引き下がるわけではありません。ドラマの中では、百姓たちの借金の肩代わりを領主である井伊家がしなければならなくなります。ところが、井伊家も戦の準備のために商人から大量の借金をしてしまっているのでそれどころではなく、問題はこじれてしまいます。

領主と百姓の両方に金を貸している商人 瀬戸方久(せと ほうきゅう)は、徳政令の交換条件として「井伊家の屋敷や領地などの財産」を提示し、直虎に究極の選択を迫ります。

f:id:horiet0322:20170625215559j:plain

ムロツヨシ演じる瀬戸方久

男手を失い、土地も荒れ果ててしまった百姓を救うか、お家の存続を優先するか。
(本当はこの他に、高橋一生演じる今川家からの刺客 小野正次との謀略や、
井伊家の旧来家臣からの反発などが折り重なっているのですが、割愛)
直虎が講じた起死回生の一手や如何に。

起死回生の一手

財政が非常に厳しい状態において、問題を解決する手段はおそらく2つしかありません。
一つは、他国の領地を略奪すること、もう一つは、とにかく領内の生産性を上げること。

すでに兵力の大半を失っていた井伊家には後者以外に答えはありません。
そこで直虎は残り少なくなった家臣たちを集め、重大な決断を申し伝えます。

f:id:horiet0322:20170625215617j:plain

方久に土地を預けるのは、これからの井伊のためじゃ。
今の井伊には金も人間もおらぬ。
裸一貫からのし上がった、方久の新しいやり方がいるのじゃ

直虎は、瀬戸方久からの借金に苦しむ村を、あえて瀬戸方久の所領として与え、
そのかわりに、村が借金を返せるよう稼げる仕組みを作ることを命じたのです。

領民の要望を聞き入れるか、組織の存続を維持するか、得体の知れない商人に経営を任せるリスクをとるか、というシチュエーション。これぞまさに、人口減少社会において外部人材を登用し、経営の近代化を求められているDMOが置かれている状況そのものではありませんか。直虎がCEOなら、瀬戸方久CMOです。

CEOには内部の人材を納得させ、有能なCMOを見出す力が問われます。
そして言うまでもなく、CMOには稼げる仕組みを作ることが期待されます。
方久は、直虎に対してこのように説いていました。

銭さえ持ってれば人は寄ってくる。
銭は千騎の武者に値する。銭は力じゃ。
あの石頭どもの鼻をあかしてみせましょう。

 

構造的な赤字が発生してる状況では、今いる人材で今ある産業を立て直すことよりも、
外部からの人材だからこそ生み出せる新しい付加価値をもとに、有無を言わさない実績をつくる手を打たなければ、「座して死を待つのみ」となっていまいます。(まぁ、コストカットは必要ですが)

いま、DMOの現場は、こういう選択を迫られているところがほとんどだと思いますが、CMOには新しい事業の企画に注力できる環境を用意してあげて欲しいと思います。比較優位の原則。じゃないと、ゲーム開始1年以内に、今川家に攻め込まれてゲームオーバーです(笑)。

観光消費の経済波及効果を考えるにあたって

最近少しずつ、これまでの仕事で得た知見や発想を外部の方にお話しさせていただくことが増えてきました。はやく印税で生計を立てたいです()

観光業界最大の関心事

昨日、旅行者による観光消費がどれくらい地域経済に貢献しているのかについて議論する機会がありました。これは観光関係者にとっては最大の関心事といってもいいテーマですが、それだけにいろんな識者がいろんな切り口で持論を展開しているので、なかなか体系立てて建設的に議論するのが難しいテーマでもあります。

ならば、識者の意見を網羅的に調べて比較整理するようなメタ研究をしてみるのも面白いかもしれませんが、それはまたいつかのお楽しみにしておくとして、今回はいつもどおり持論を垂れ流してみたいと思います。

ダイナミック・オープン・データ

地域経済を把握するためには、やはりデータが必要です。いわゆる経済波及効果を推計するためには、行政に産業連関表を作成してもらう必要があります。ただ、こうした統計データは調査を行ってから利用できるようになるまでのタイムラグが半年程度は発生してしまいますし、発表する側の都合で数値の見せ方が変わってしまう可能性も否定できません。いくら大きな経済波及効果が算出されたとしても、関係者全員を納得させることには限界があります。

そもそも、マクロで波及効果額が算出できても、ミクロの事業者や住民単位では観光消費から受ける恩恵にバラつきがあります。産業連関表による波及効果の算出はこうした分布の偏りを考慮していないことを考えると、波及効果の総額を増やすだけでなく、恩恵を得られる機会が均等に与えられるようにすることや、努力に見合った価値配分がなされるようにすることが重要だと思います。

この課題をクリアするための一手段として、ダイナミック(動的)なオープンデータの整備が挙げられます。ダイナミックとは、リアルタイムでデータが更新され、見るたびに状況が変わるという意味です。オープンとは、いつでも誰でも簡単にアクセスできるという意味です。どちらか片方を満たしているデータは増えてきましたが、同時に満たした状態で提供されるデータはまだまだ少ないと思います。

とくに、経済効果を把握のために必要な消費・決済のデータの整備は、消費者プライバシーに関わるので非常にハードルは高いです。とはいえ、ようやく市民権を得つつあるブロックチェーン技術が本格的に普及するようになり、誰でも自由に地域通貨を発行できるようになれば、かなりの精度で実態が把握できるようになるのではないかと期待しています。(ブロックチェーンは、もう一つ記事が書けるくらいのテーマなので、ここでは詳しく触れません)

地元起業家の育成

データの整備が重要といったものの、不確実性の大きい環境においては、統計データが有効に機能しないという指摘もあります。これからますます市場環境の不確実性が増していくと言われるなか、データを通した実態の把握や予測よりも、なにか起こったときの予防策を検討してみたり、小さくても確実に経済効果が得られる取組を積み重ねることが重要になります。

とくに、地元起業家を育成していくことは、経済効果が地域内に滞留することに確実に貢献するだけでなく、観光の外部経済性(混雑やマナーなどの問題)を他人事として捉える人を減らすことにもつながります。

京都は大学の街という大きなアドバンテージがありますし、京都大学で観光に特化したMBAコースの開講まで予定されており、一定の成果が期待されます。DMOとしても、観光分野の事業者の環境整備につながるようなデータや、経営支援サービスを提供していかなければならないと思います。

地域ならではのバリューチェーンやカスタマージャーニー

付加価値が外部へ流出することを防ぐためには、その価値が旅行者によって体験消費されるまでのプロセスを地域のなかで完結させなければなりません。このプロセスの組み合わせが長く、複雑になり、その地域ならではの要素が組み込まれるほど、他の商品(地域)との差別化が強まって競争力のあるサービスになります。

また、そうして提供された地域のサービスを組み合わせて、旅行体験の川上から川下までのカスタマージャーニーをデザインすることができれば、いままで発地側に落ちていたお金を着地側に取り戻すことができます。(たとえば、Expediaなどの予約サイトに払っていた手数料を、払わずに済むようにする、ということです)

f:id:horiet0322:20170625215419p:plain

サービスの組み合わせに地域ならではの独自性を持たせるのは簡単なことではありませんが、地元向けメディアであるLeaf社によるゲストハウス経営は、垂直統合(カスタマージャーニー方向の合併・提携)の成功事例だと思います。

姉小路別邸
http://www.aneyakoji.net/

こういう業界構造の整理・分析もしないとなぁ。

まとめ

観光消費による経済波及効果は、以下の3点を満たすことによって向上する。

  • データをうまく分析することよりも、広く利用できるようにすること
  • 地元起業家の育成
  • 地域ならではのバリューチェーンとカスタマージャーニー

観光立国のまぼろし

ご無沙汰しております、久しぶりの記事更新です。

マーケティングが本業なんですが、諸事情により予算編成の仕事に追われてしまい、記事のネタを考える余裕がありませんでした。DMOは、CMOを雇う前に、会計(Accounting)ができる人を雇うべきじゃないかと思います(笑)。たまたま大昔に簿記の資格をとっていたのが、今になって役に立ちました。何が役に立つか分からないものですね。

2020年に4000万人・8兆円という目標値が持つ意味

余談はさておき、今日は、新しく策定された「観光立国推進基本計画」について書きたいと思います。平成29年度からの4カ年計画で、目標値の更新が主な内容です。

観光庁 報道発表 「観光立国推進基本計画」を閣議決定

たとえば、訪日外国人2000万人だった目標値はすでに去年達成されてしまったので、今回新たに4000万人という目標値に変わっています。ただ、この新たな目標値はすでに色々な資料で出てきている数値なので、それを追認しただけに過ぎません。なので今更ではあるのですが、この目標値についての批判をこのブログにはまだ書いてなかったので一応触れておきたいと思います。

まず、2020年に4000万人を達成できるかどうかという点についてですが、可能性は無くはないと思います。なぜなら、なんといってもオリンピックの開催効果が期待できるからです。実際、下図のとおり、過去の実績からいくとトレンドを上回るように寄与しています。

f:id:horiet0322:20170625215248p:plain

あと、現状、日本における外国人観光客数のカウントには航空会社の乗務員が含まれていませんが、これを含めることで水増しすることもできるということが、業界内では囁かれています(笑)。GDP600兆円の目標達成でも似たような話があって、それに比べたら可愛いもんですが、噂にすらならないところで数値の操作が行われうることを否定できないところに、今の統計制度の限界を感じます。

いずれにしても、4000万人(消費額にすると8兆円)という目標は旅行者の消費単価が劇的に上昇しない限りは、観光産業を自動車産業に匹敵する輸出産業に成長させるうえで必要な水準なので、水増しせずに達成しなければならないことには違いありません。

僕が今回指摘したいのは、この目標値の達成期限が2020年となっているところです。オリンピックが開催されることで訪日外国人数が急増する2020年に目標値を設定するということは、「ドーピングをしたときに100mを9秒00で走れるようになりたい」って言ってるのと同じです。これから先何度もドーピングできるわけじゃないんだから、素直に目標設定するのであれば、ドーピング無しでのベストタイムで考えるべきだと思いませんか?

まぁ、オリンピック効果を差っ引いた仮想値を算出するようなことは現実的ではないので、オリンピック効果という下駄を履いている前提での目標値ということなら良いのですが、そのあたりの前提を理解せずに計画が動いてしまうと、その後の政策判断を歪める原因にならないかなぁと心配になります。

リピーター数の目標値

リピーター数を2400万人にするという目標が新たに掲げられることになりました。2020年には、訪日外国人の半数以上が少なくとも1回は訪日経験がある状態で訪日するということです。リピーターが増えることは良いことだと思いますが、リピーターという概念は意外と単純ではないので注意が必要です。

まず、リピーターと一括りにいっても色んなリピーターがいます。2回目の訪日の人もいれば、10回以上のベテランもいます。2回目の訪日といっても、5年ぶりの訪日と去年来たばっかりの人とでは旅行者としての質は全く異なります。こういった分布を考慮した指標を設定しないと、目標値としては機能しないんじゃないかと思います。

f:id:horiet0322:20170625215308p:plain

 

 

どうせリピーターに着目するのであれば、リピーターになり得る人のうちどれくらいが実際にリピートしてくれたのかに絞って集計するべきでしょう。もう少し簡単にいうと、世界に訪日経験がある人が何人くらいいて、そのうち何割が来てくれたかで評価しましょう、ということです。訪日経験のある人がどれくらい存在するかが分かるデータは見たことがありませんが、推計しようと思ったらできなくはないでしょう。というか、観光庁やJNTOにはそれくらいの推計をして欲しいものです。

リピーターの把握は難しいので、ビギナー(リピーターじゃない人)の方に着目して考えてみればいいんじゃないかとも思います(これも有権者にとって分かりにくい目標になってしまうので採用されないとは思いますが)。ただし、そのためには、世界の旅行者マーケットにおいて初めて日本を訪れる可能性のある人が毎年新たにどのくらい現れて、そのうちどれくらいの割合で実際に訪れてくれるのかということを考えなければなりません。とくに、一生の間に数えるほどしか訪日のチャンスがないロングホール(欧米などの長距離圏)市場においては、この割合が重要になるんじゃないかと思います。

要するに、リピーター数の絶対値だけを追い求めてもあんまり意味ないんじゃないの?ってことです。

f:id:horiet0322:20170625215323p:plain

(グラフはイメージです)

DMOが一丁目一番地

目標設定の話はこれぐらいにしておいて、具体的な施策のほうを見てみたいと思います。すると、最初に掲げられているのが「2020年までに世界水準のDMOを100組織形成する」ということで、関係者としてはこの追い風は有り難い限りです。

まぁ、世界水準というのがどれくらいのものを想定していて、どのように評価するつもりなのかが分からない時点で及び腰な感じが否めないですが、あんまり文句ばっかり言ってると偉い人たちから怒られそうなので、自分にできることを頑張ろうという感想に留めておきます。

一応、DMOネットというDMO専用の情報共有ポータルサービスや、人材教育プログラムの提供が具体的な取組として始まりつつあります。冒頭で書いた会計スキルなんかは、この人材教育プログラムをうまく活用することで、普及するかもしれないと期待しています。

一方で、できない人を育てるよりも、東京で疲弊している優秀な人材を呼び戻すスキームを作って人材を入れ替えることも考えないと、世界の観光市場の変化に取り残されてしまうんじゃないかという意味で、物足りなさを感じたりもします。

とくに、アプリケーションの開発や、WEBサイトの構築ができるエンジニアや、クリエイティブなコンテンツ企画などができる人材がいないことが、ボトルネックになっていると感じます。こういう人材が一人いるだけで、「新しい事業をやってみよう」「たとえばこんなことってできるんだろうか?」って発想が生まれるようになります。これは、DMOに限らず、行政系の組織全般に言えることです。今いる職員のなかから育てるのは相当難易度が高いので、外部からエンジニアを採用することが喫緊の課題だと思います。

とはいえ、限られた予算のなかで雇用を増やすことは簡単ではありません。入れ替わりで誰かを解雇するにしても、地域の観光振興のためには既存の人材が持っているネットワークを無下にはできないので、そのバランスをうまくとる方法を編み出すことがDMOが成功するための鍵といえそうです。

まとめ

  • 2020年の目標値は、下駄を履いている前提で考えよう
  • リピーターの指標は、分母を考えないと意味ない
  • DMOに足りない人材は、経理とエンジニア(新しい人材と、既存の人材のバランス)

DMOはどのように稼ぐのか?

JTB総研が国内のDMO候補法人の収益構造についての調査記事を発表されました。

日本版DMOはどのように稼ぐのか?~自律的・継続的な運営に向けて~」(2017/2/13)

これによると、観光協会などのDMO候補法人は、主な事業の内容によって大きく5つに分けられており、行政からの補助金に頼っている組織ばかりではないと述べられています。

収入構造の類型 定義 比率(法人数ベース)
行政連携型 国・県・市町村からの補助金が選収入の60%以上を占める 24%
バランス型 60%を超える収入源がなく、偏りが少ない 40%
事業運営型 自らの収益事業による収入が60%以上を占める 29%
指定管理型・
施設運営型
指定管理・施設運営による収入が60%以上を占める 4%
業務委託型 行政からの業務受託が60%以上を占める 2%
不明 1%

形成計画書から収入源が把握できるとは限らない

たしかに、自主事業で財源を賄っているところはそれなりに存在するとは思いますが、この調査の根拠となっている各DMO候補法人の形成計画における財源一覧において「収益事業」とされている金額が、必ずしも全て民間からの収入とは限りません。

というのも、収益事業のなかに行政からの委託費が含まれている可能性があるからです。行政からの独立性という観点で評価する場合、上記のような区分をもとした分析ではミスリードを招いてしまう可能性があります。

補助事業と委託事業の違い

たとえ形成計画の区分が正しかったとしても、その区分がDMOの性格を捉えるのにふさわしいかどうかは別問題です。とくに、補助事業と委託事業という区分については、注意が必要です。

補助金漬け」という言葉があるとおり、補助を受けている団体は補助が無かったら何もできなくなる、なんて批判があります。たしかにそういうケースもあるかもしれませんが、本来補助金とはその団体が自主的に行おうとしている事業に対する支援資金なので、その団体の自主性を尊重した仕組みです。

一方で委託事業の場合は、価格入札なり企画提案による競争が発生することが多いので、その事業に対して受託事業者は主体性を帯びやすいと考えられがちです。しかし、委託事業の実施主体はあくまでも行政側ですし、知財などの権利も行政側に残ってしまうので、受託事業者(DMO)側の主体性が補助事業よりも強いとは限りません。

大事なのは、補助に頼らないと成立しないような事業を採算が取れる事業になるように育て上げる努力をしているかであったり、DMOとしてやるべきだと考えている事業を選んで受託しているか、ということです。また、補助金漬けよりもタチが悪いのは、他の民間事業者と競合するような委託事業をいつまでもDMOが既得権益として抱えてしまうことです。

 分類 一般的なDMOの議論における位置付け 実際のところ(個人的な意見)
補助事業 行政に依存してしまうので、
減らしたほうがよい
DMOの主体性を尊重。補助金なしでも事業として自立させる努力をしているかが重要。
委託事業 競争にさらされているので、自律した組織経営につながる。 DMOが主体性を持てているとは限らない。
DMOに必要な事業をするうえでの財源として、行政からの委託費を利用できているかが重要。
一方で、既得権益化してしまうと、競争を阻害する要因にもなる。

補助と委託については、こちらの資料をご参照ください。

経済産業省 資料「委託費と補助金の違い

自主事業は、いずれ手放すべき

補助なのか委託なのかは大したことじゃないのはわかった。でも、自主財源を増やすことは大事でしょ?という意見も、DMOの議論におけるステレオタイプのひとつです。必ずしも間違いではありませんが、自主財源が多ければいいというものでもありません。

そもそも、DMOのミッションは、観光客を呼ぶ持続的なビジネスサイクルを作ることです。いくら自主財源の比率が高くても、その収益が既存の事業の維持のために使い果たされてしまっていたのでは、いずれサイクルが破綻するときがやってきてしまいます。

たとえ自主事業の比率が減ろうとも、新たな補助事業を企画したり、委託事業を仕込んだりして、次に続く芽を育てることのほうが重要です。軌道に乗った自主事業は、よほどDMOでなければできない理由がない限りは、子会社化して配当収入を得られるようにするか、民間事業者に売却すれば良いんじゃないかと思います。

DMOの究極の事業形態

ICT技術が未熟な時代は、公益的な事業は補助金や委託に頼らなければ事業として成立させることが難しかったわけですが、ICT技術が発達するにつれて市場の失敗は減り、ソーシャルビジネスと呼ばれるようなビジネスモデルが勃興するようになってきました。つまり、公益性の高い事業であっても、いきなり民間企業がビジネスとして成立させやすくなる、ということです。

そうなると、どうなるか。
DMOとしては補助や委託を受けて自分たちで事業を担うよりも、ベンチャーキャピタルみたいに新たなビジネスアイディアを見つけてきて投資をしていくことを目指すべきではないかと思います。

ということで、JTB総研のコラムにある「DMOはどのように稼ぐのか」という問いに対する僕の回答は、「観光ベンチャー企業からのキャピタルゲイン」です。(もちろん、会費を集めてマーケティングやプロモーションを行う従来型の事業は、それでそれで残るという前提)